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東京地方裁判所 昭和30年(行)36号 判決

原告 坂倉育造

被告 津村康

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「一、被告は原告が昭和二十八年六月九日東京簡易裁判所に提出した同庁昭和二十七年(ハ)第三七八号賃貸料請求事件の口頭弁論調書に対する「実質的記載事項記載の許可申請書」(以下本件申請書と略称する)を訴訟記録として取扱い、且つ法の定めるところに従い送付せよ、或いは被告は原告に対し金五万円を支払え。二、被告は本件申請書をもとの姿に戻すべし、三、訴訟費用は被告の負担とする。」との要旨の判決を求め、その請求の原因として陳述した要旨は次のとおりである。

一、原告と訴外長谷川米子外四名間の東京簡易裁判所昭和二十七年(ハ)第三七八号賃貸料請求事件について担当裁判官であつた被告は昭和二十八年三月二十五日右事件を東京地方裁判所へ移送する決定をなした。原告は右移送決定に不服であつたから東京地方裁判所に抗告を申立てたが棄却されたので、右棄却決定に対し同年六月一日東京高等裁判所へ再抗告の申立をしたが同年七月十七日申立は棄却となり、原告は更に最高裁判所に特別抗告をしたが同年九月二十九日却下となつた。

二、原告は昭和二十八年六月九日右賃貸料請求事件の昭和二十七年九月三十日及び昭和二十八年二月二十三日の各口頭弁論期日の調書の記載について異議があつたので本件申請書を東京簡易裁判所に提出し、同日同裁判所の書記官村田寿男がこれを受理した。

三、右村田書記官は本件申請書を受理しながら、これを当時右事件の移送決定に対する再抗告事件係属中で右賃貸料請求事件の訴訟記録が送付されていた東京高等裁判所へ送付せず、前記最高裁判所が原告の特別抗告を却下し右訴訟記録が最高裁判所より東京簡易裁判所へ送付された後になつて最高裁判所の記録送付書の後に本件申請書を編綴したが、その間右書記官は本件申請書を保管中もみくちやにした。

四、裁判所書記官である右村田は本件申請書を民事訴訟上の訴訟書類として受理したら右書類の整理のためにも又提出者たる原告の意思表現の自由を保障するためにも、直ちにこれを訴訟記録の現存する東京高等裁判所へ送付して訴訟記録に編綴することができるよう必要な処置をなす職務上の注意義務がある(明治二十三年十二月司法総第一二六号訓令)のにこれを怠り、東京高等裁判所へ送付せず、最高裁判所から記録の送付を受けた後、その記載送付書の後に本件申請書を編綴したのは右注意義務を怠つた過失のある行為である。

又、同書記官が訴訟書類として提出された本件申請書をもみくちやにしたのは右申請書を侮辱したものであり提出者たる原告の名誉を毀損した違法の行為である。

五、原告は右村田書記官の違法な行為によつて前記賃貸料請求事件の移送決定に対する東京高等裁判所の再抗告事件及び最高裁判所の特別抗告事件の審理を受けるに当つて、本件申請書を資料として利用されなかつたため公正な裁判を受けられなかつたのみならず、原告が昭和二十八年六月九日適法に口頭弁論調書に対する異議の申立をしたのに同年十一月十一日まで記録に編綴されず、そのため憲法第二十一条によつて保障されている意思表現の自由を侵害され、又訴訟記録として編綴されてはじめて右意思表現によつて生ずる法律効果が発生するものであるのに右効果の実現を妨害され、更に前記移送決定の確定により東京地方裁判所へ記録が送付されるに際しても訴訟記録として取扱われなかつた(右移送の裁判の前に編綴されるのが当然であるのに前述の如く最高裁判所の東京簡易裁判所への記録送付書の後に編綴されているのである)。

六、被告は東京簡易裁判所の裁判官として裁判所法第六十条第二項第三項第八十条第五項により右村田書記官を監督する義務を有するものであり、国家賠償法第三条第一項の規定により右村田書記官の違法な職務の執行によつて原告の蒙つた損害を賠償すべき義務があるから原告は被告に対し第五項に記載した損害を賠償するため本件申請書を前記再抗告事件係属中の東京高等裁判所へ送付した上、右賃貸料請求事件の訴訟記録を民事訴訟法第三十四条第二項に適合するよう東京地方裁判所へ送付せよとの判決か、金五万円の支払を求めるととも、本件申請書をもとの姿に戻すこと要求するため本訴に及ぶ。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、請求原因事実に対する答弁及び書証の認否として次のとおり述べた。

請求原因一及び二、記載の事実は認める、又同三記載の事実中村田書記官が本件申請書を保管中これをもみくちやにしたとの点は争うがその余の事実は認める。同四、五及び六記載事実中被告が東京簡易裁判所の裁判官であることは認めるがその余の事実は全部争う。〈立証省略〉

理由

東京簡易裁判所に原告と訴外長谷川米子外四名間の昭和二十七年(ハ)第三七八号賃貸料請求事件が係属し、被告が担当裁判官であつて、右事件について昭和二十八年三月二十五日東京地方裁判所へ移送する決定をしたこと、原告は右移送決定に対し東京地方裁判所へ抗告したが棄却となり、右棄却決定に対し同年六月一日東京高等裁判所に再抗告を申立てたが同年七月十七日再抗告は棄却されたので原告は更に最高裁判所へ特別抗告したが同年九月二十九日却下されたこと原告は昭和二十八年六月九日右賃貸料請求事件の昭和二十七年九月三十日及び昭和二十八年二月二十三日の各口頭弁論期日調書に対する異議として本件申請書を東京簡易裁判所に提出し、同日同裁判所書記官村田寿男が受理したこと、右村田書記官は本件申請書を当時前記移送決定に対する再抗告事件係属中の東京高等裁判所に送付せず最高裁判所が原告の特別抗告を却下した後右賃貸料請求事件の一件記録が最高裁判所から東京簡易裁判所へ送付されて後その送付書の後に編綴したこと、はいずれも当事者間に争いがない。

そこでまず、村田書記官が本件申請書を移送決定に対する再抗告審係属中の東京高等裁判所へ送付しなかつたことが違法であるかどうかについて考えてみると、口頭弁論調書に対する異議の申立ては当該期日の法廷において調書の読聞け又は閲覧を求めた際になさるべきことは民事訴訟法第百四十六条に定めるところであるが、実際には裁判所の慣行として調書が法廷で直ちに作成されていないから、右法規のとおり即日法廷で調書に対する異議をなすことは困難であらうけれども、調書が訴訟手続の安定と明確を期するため作成されるものであることから、できるだけ速やかに、少くとも調書作成後の最初の口頭弁論期日までには申立てなければならないと解する。ところが本件においては原告が異議ありという調書は昭和二十七年九月三十日及び昭和二十八年二月二十三日の期日に関するものであり、右調書に対する異議として本件申請書が提出されたのは前記再抗告申立後の昭和二十八年六月九日であることは原告の主張するところである。してみると右原告の申立は既に調書に対する、異議申立権を喪失した後になされたもので不適法というべきである。調書に対する不適法な異議に基いては、裁判所は調書の訂正はもちろん、異議の内容を調書に記載することは許されないが、異議の申立のあつたことだけは記録に留めおくを相当と解するが、右調書に対する異議は当該調書の作成された口頭弁論を実施した裁判所に対してなされるものであつて、これによつて民訴第百四十六条第二項の行為を要求されるのは当該裁判所以外にはない。

さて原告の前記異議は既に昭和二十八年二月二十五日本案事件について移送の決定の後の異議であるが、右移送決定に対する即時抗告により執行停止の効力を生じている間になされたものであるから、東京簡易裁判所としては、原告の異議申立は不適法であるとしてこれに対して何等の応答をなすべきでなく、単に異議申立書を記録に添附するのみで十分であつたといわなければならない。而も右申立書は、移送の裁判に対する抗告審の裁判が済めば当然東京簡易裁判所に返送される訴訟記録に編綴すればたり本件申請書を受領した村田書記官は、これを東京高等裁判所に送付するなんらの必要も存しなかつたのである。

そして訴訟事件中に移送その他の決定に対する抗告等の派生手続が生じ右抗告審に関する書類が本案の訴訟記録に編綴される場合には、抗告提起によつて抗告裁判所に記録が送付された後に本案裁判所に提出された本案に関する書類は抗告裁判所からの記録の返送を受けた後にその記録送付書の後に順次編綴すれば足りるものといわなければならないから、右村田書記官が最高裁判所より記録の送付を受けその記録送付書の後に自己の保管中の本件申請書を編綴したことはまことに当然の措置であつて、更に記録を解体した上、受付日順とか、異議のあつた口頭弁論調書の後にこれを編綴する必要は毫も存しないのである。従つて村田書記官が本件申請書を東京高等裁判所へ送付しなかつたこと及び本件申請書の編綴の方法についてはなんら違法はない。

次に原告は本件申請書をもとの姿に戻すべしと請求するのであるが、仮りに原告主張の事実どおりであつたとしてもそのような請求権は存しないといわなければならないから失当であることを免れない。

よつてその余の点について判断するまでもなく原告の請求はすべて理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岩野徹 富川盛介 井関浩)

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